※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。 遠回りをした甲斐があった。 岬の住むアパートの場所を聞いたら、掛かり付けの病院の近くだった。だから、ちょっとその近くを通ってみた。日頃の行いが良い、とは思わないが、タイミング良く路地の奥から出て来た見覚えのある姿に、足を止めた。 「あれ、若林くん?」 不思議そうに瞬きを繰り返す岬に、何だか嬉しくなる。普段冷静な岬の驚く顔など、なかなか見られるものではない。 「病院の帰りなんだ。岬は?」 「僕の家こっちなんだよ。これから買い物に行くとこ」 岬は小さな背中のリュックを見せるように、少し体をひねった。ランドセルとそう変わらないのに、リュックのせいか、普段の岬と話しているという気がする。・・・今までそう話したこともないが。そして、つい視線を下に向ける。 「岬、足は大丈夫か?」 それが聞きたかった。その為にここに来た。 「若林くんこそ、大丈夫?」 質問に質問で返した、というには岬はあまりにも真剣な表情を浮かべている。岬が俺に聞きたかったのも同じことだったのだとわかって、何だかおかしい。 「順調。岬は?」 「僕も大丈夫。・・・それ聞いて安心した」 自然に目が合うと、岬は柔かい笑みを浮かべた。 自分よりも傷ついた仲間が大切。俺がそうであるように、こいつも同じ考えらしい。安心、と胸を撫で下ろす様子に、同じく安堵して、そしていつも通り少し落ち着かなくなる。胸の中のモヤモヤを晴らしたい、そう思って待ち伏せしたはずだったのに。 「じゃあ、ちょっと時間あるか?」 「うん、大丈夫だけど・・・」 岬と話したことはほとんどない。その俺からの誘いが不思議なのか、岬の語尾には迷いが感じられた。 「じゃあ、行くぜ」 「あ、ちょっと・・若林くんっ」 大丈夫、と言ったからにはその通りに取らせてもらう。岬の手を掴んで、強引に歩き出した。戸惑いの声を上げながらも、岬はそのまま付いてきた。
岬は、気になる奴だった。
突然現れて、もうすぐ去っていく、チームメイト以上でも以下でもないこいつが、俺は気になっていた。
普段はおとなしい。翼のくだらない話を、静かに聞いているところをよく見る。 よく他の連中と話している。と言っても、聞き役のことが多い。 そして、時々一人でいる。
サッカーをしている時は楽しそうだ。翼と二人、声を掛け合っているのが、まるで笑い声のように聞こえる。 小さい体でグラウンドが狭く感じるほど、走り回る。
細くて華奢な体のどこにそんなものが詰まっているのかと思うほど、強い心を持っている。
チームの誰もがあきらめても、いつもあきらめなかった。
向かったのは公園だった。そう遠くはないが、川向かいにあるので、南葛小の奴らは来ない場所だ。岬もそうなのだろう、キョロキョロと周囲を見渡している。俺も塾が近くなければ、知らなかった。 「こんなところに公園あったんだね」 「ああ。・・・ちょっとしたもんだろ」 逆に大人には有名らしく、デートスポットとして人気だと兄貴が話しているのを耳にしたことがある。だから、いつも平日の昼間は空いていた。遊具はほとんどないから、他の子供も来ない。その分、散歩道らしいのがいくつか敷かれていて、周りを取り囲む木々が影を落としているせいで、通り抜ける風も涼しい。 「そこの木の下が、俺の昼寝場所」 俺の案内に、掴んでいた岬の手から少し力が抜ける。・・・急に連れて来たから、少し戸惑っていたらしい、と気づく。 「また転校するって聞いたから、な」 手を放して、座るよう促した。まだ暑い時間なのに、木陰はひんやりしていて、生えている下草も柔らかい。見るからに座り心地が良さそうだ。そして、寝心地も良いことを俺は知っている。 「うん・・・」 岬は腰をおろしながら、冴えない返事をした。俺がこんな話をするのが意外なのだろう。 「意外か?」 俺は岬の隣に座ると、岬の顔を覗き込んだ。どうせなら、そのまま尋ねる方がお互い楽だ。 「まあ・・・あんまり話したこともなかったよね」 それこそ数えるくらいだったかも知れない。 「そうだな」 岬の望む答えを返し、それから岬の方を向き直った。 「でも、もっと仲良くなりたいとは思ってたんだぜ」 岬は弾かれたかのように俺を見て、それから下を見た。 「ありがとう。僕も、」 その時、風が吹いて、木の葉を揺らした。さやさや木の葉が触れ合う音がして、隙間から陽が差した。
岬は風の通る木の上を見上げ、まぶしそうに眼を細めた。
「すごい風だね」 「良い場所だろ?」 他の誰にも言ったことはなかった。小さく頷く岬を見ないようにして、柔らかい草の上に寝転がる。 「結構、涼しいんだぞ」 「そうだね。ここ涼しいね」 横にはならなかったが、木にもたれかかった岬はくつろいで見える。 「あのさ」 「うん」
何をどう言えば良いのか、迷う。昨日は俺なりに考えてはみたが、こうして実物の岬を見ると、どうも違う気がする。仕方なく、話しかけはしたものの、何を続けるかは考えていなかった。こんな時に、何か気軽な話題が続けられたら良いのだが、あいにくその方面は得意分野じゃない。 「どうせ転校するなら修哲にすれば良いのに」 仕方ないから、思いついたことを口にした。岬は一瞬黙って、それから笑い声を立てた。 「ふふ、何それ」 そりゃ、笑うよな。しょうもないギャグにしか聞こえない。同じネタを滝が言ったら、大爆笑だったろうが。だが、岬は笑った。俺に気を遣ってくれているのと、さらっと話を済ませようとしているのだと思った。だから、話を変えた。
「今度はどこに行くんだ?」 「たぶん、九州」 「そうか・・・。じゃあ、次はいつ会えるかな」
一語一語はっきりと言った。木にもたれてのんびりしていた岬は目を見開き、身を起こして俺を見つめた。1秒、2秒、3秒。少し間を置いて、岬は口を開いた。 「若林くんがそういうこと言うと思わなかった」 驚いて、それしか出てこなかったらしい。岬らしくない停滞に、覗き込むような体勢の岬の顔を逆に覗き込む。 「じゃあどう言うんだ?いつ帰って来る、か?」 俺の返しも相当平凡ではあったが。岬は俺を見下ろして、急に笑った。下から見上げる岬は、逆光でよく表情が見えないものの、その笑い声は明るくて、安心した。 「そっちの方が好きかな」 笑う岬からは、緊張が解けたのが伝わった。ひとしきり笑う岬に、囁く。 「じゃあ、もう一回言ってやる」
興奮すると、少し冷静を装った声を出すのも知っている。控えめに笑う岬に、やっぱりどうしても伝えたいと思った。
「また、帰って来いよ」 「うん」 俺の戯言に愛想よく付き合いながらも、岬はふと思いついたように、俺の顔を見た。 「・・・若林くんって不思議だね」 「ん?」 寝転がっている俺の隣にいつの間にか寝転がった岬は、隣から俺を見つめてくる。 「そんなに話したことないのに・・・思ったより近くて、いざという時に、背中押してくれるみたい」 岬の顔が案外真剣なことに気づく。じっと見つめる瞳が、すごく近いことを思い知る。
「そりゃ、いつも見守ってるからな」 冗談めかして言った俺に、岬はその大きな目を瞬きさせた。その表情は思ったより可愛くて、心臓が跳ね上がる。
岬のことを知りたいと思う。よく見ていて、理解していると自負している。それなのに、ふとした瞬間に、俺の予想を裏切ることがあって、その度にまた気になる。
「ふふ、何それ」 少しだけ頬をふくらませ、はぐらかされたと思ったせいか、不満げに呟くと、岬は身を起こし、髪をかきあげた。 「何か気になるよ」 言った拍子にまた風が吹いた。岬がかきあげたばかりの髪がさらに乱される。白い額に、まだ残った傷跡に、思わず息を飲んだ。
あの時、岬はゴールを守ってくれた。君のためじゃないよ。あっさり言うけれど、自分のことは後回しで傷ついた姿は痛々しいのに雄々しくて、とても正視できなかった。あの時、俺の心も一緒に傷ついたのかも知れない。可愛い顔はしているが、気は強い。ただ可愛いだけではない。
「何か気になるんだよな」 それだけ口にして、俺は岬を見た。岬は座ったまま、風に髪を弄ばれ、そして遠くを見ていた。
「岬・・・」 あまりにその空気は静かで、なぜか岬が風の中に消えていきそうな気がした。すぐに別れの時が来るとわかっていても、緑の中に溶けてしまいそうな横顔を見てはいられないと思った。
「うわっ!」 がばっと抱きついた俺に、岬は驚きの声を上げ、それからその大きな目で瞬きを繰り返した。仕方なく放してやり、隣に寝そべる。 「どうしたの?」 草の枕で、岬が問う。 「何か、お前消えそうな気がしたから」 「・・・まあ、もうすぐ転校だけどね」 不満げに唇を尖らす岬を見て、かえって安心した。今はここで、一緒にいる。この次はわからないにしても。
時間はゆっくり流れる。雲が流れると、木々の隙間から差し込む日もちらちらと揺れる。何か話さないともったいない気がして、岬の様子をうかがった。涼しくて、優しい光しか入って来ないせいか、のんびり寝転がる岬は、やや眠そうに見える。 「眠いのか?」 「うん、ちょっと」 最初来た時には、お互い緊張していたはずだった。今は草に寝転がり、二人して眠くなっているというのは何だか愉快に思えた。緊張はいつの間にか消えて、お互いゆっくりと話している。この距離も空気も心地良いと思った。
重くなった瞼を上げて、岬の方を見ると、また風が吹いた。サラサラの前髪が少し乱れて、白い額が見えた。
「傷、残ってるな」 あの時の傷。 「うん。でもすぐ治るよ」 そう深く切った訳ではない。血は出たが、すぐに治るとお医者さんも言っていた。だが、まだ鮮やかに残る傷。
この傷が消えたら、気にならなくなるのか?少し考えて、違うと思った。
おとなしい顔に似合わず、自分のことは後回しで、岬が果敢に走るのを知っている。だから、気になった。この傷が消えても、岬があの時走ったことは消えない。その岬に、何と呼べば良いのか分からない気持ちを抱いたことは消えない。
「そうか?」 心配そうに見やる俺を、かえって心配する表情で岬が見返す。 「大丈夫だよ、もう消えかかってる」 平気そうな顔で笑うから、気になる。 「じゃあ、治ったの見せに来いよ」 笑いにごまかした。また、風が吹いた。
(おわり)
拍手ありがとうございます。 3月は休みが不定期で、ちょっと間が空きました。 公園でゆっくり話している二人が書いてみたくなりました。 原作3大源岬ポイントの一つ、小学生編の決勝戦。何回読み返しても素晴らしいです。 そして、何回書いたかわかりません。 でも、書けている気もしません。
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
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