※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。 4
「大丈夫か?」 自室に戻ると、若林は岬のベッドの側にまっすぐ歩み寄った。相変わらず息が荒く、楽な状態には見えない。 「とりあえず、飯と薬な。後から三杉も具合見に来るって」 「どういう風の吹き回し?」 三杉をよく知るだけに、岬は眉をしかめた。呆れた口調になるのも無理はない。 「翼に、早く戻せって怒られてたぞ」 「なるほどね」 努めて明るく言いながらも、息が時々つかえる。不意の苦しみに、呼吸さえ怖くなる。 「何か欲しいものは?」 「何か飲みたい」 ほっそりとした見かけによらず、普段丈夫な岬は寝つくことなどなかった。それに、病気になれば、色々わがままが許されるという意識もなかった。それ以上に、あの父親との生活で、病気になれば自分が困るものと認識している。 ごく素っ気なく答えた岬に、若林は自販機で買って来たスポーツドリンクを手渡した。 「他に欲しかったら、買って来るからな」 「ありがとう。ご飯はお茶が良いな」 「そう言うと思って、食堂から急須借りて来たぞ」
静岡に生まれ育っただけあって、若林は茶にうるさい。ドイツまで茶を送らせているほどだ。おそらく、今の急須の中身も、若林持参の茶葉に違いない、と岬は思った。そして、その余裕の看病っぷりに、これくらいたいした負担ではないのだという若林の気遣いを感じた。 「さすが、若林くん」 苦しい息の下でも、にこっと笑って、岬は身を起こした。腹が立っても許せなくても、三杉の体を最適な状態で返さないと。食欲はなかったが口を開けた。 「若林くん、折角だから食べさせてよ」
食事も終わり、薬を飲んで横になったところで、食器を返しに行った若林が戻ってきた。そして、岬のベッドの横に立つ。元気なふりをしてみせても、顔色が悪いのは隠せない。このまま、ゆっくり眠れるかどうかも不安になり、若林はドア近くまで歩いて、電気を消した。 「若林くん、どうしたの?」 まだ就寝時刻までは時間がある。若林の習慣からしても、床に就く時刻のはしばらく後だ。いきなり消された電灯に岬は訝しむような声を出した。その雰囲気が本来の声の持ち主を思わせ、若林は苦笑いをしながら、岬のベッドの端に座る。 「岬」 「なに?」 「今、お前の足元に座った」 「うん」 ぎしっとベッドが音を立て、少し傾く感じがしたのが岬にも分かった。薄い掛け布団越しに、若林の体温がそこにあって、足に接しているのは、中でも一番熱い、腕。 「それで、今お前の手に触った」 「触ってないよ?」
触れてはいけない、と言ったのは岬だ。その無茶で自分勝手な注文を、律儀な若林は厳守し、苦痛に耐えて動く時ですら、手を貸すのを我慢してくれた。その若林の言葉に、岬は首を傾げた。確かに若林の腕はふくらはぎの隣にあるが、岬の手に触れている様子はない。不思議なことを言うものだと尋ねた返事に、岬は仰天した。なにしろ、若林は言い切ったのだ。
「目、つぶれよ。それで、想像しろ」
自分に負けず劣らず無茶な注文だと思いながら、岬は目を閉じた。ぎいっとベッドが音を立て、若林が半身を傾けたのが分かる。 「岬の左手、右手に乗せてるぞ」 声が近くなった。そして、岬は思い出す。若林の家のソファ、若林の右側が岬の定位置で、お気に入りのクッションもそこに置かれている。いつも、若林は岬の左手を取っていた。 「相変わらず指、細いよな。白いし」 「合宿来てから焼けたよ」 「どこがだよ。腕も白いし。あ、でもリストバンドの跡ついてるぜ」 取材用に頼まれて、リストバンドを嵌めていた。その目印があるとカメラマンが追いやすいと言われ、その結果日焼け跡が残った。 「若林くんに話したっけ?」 「見りゃわかる」 いつものように途中参加なら、わからなかったかも知れないが、幸い今回は最初からいる。近づくことは難しくても、ずっと見ていた。
「お前だって、俺の擦り傷気づいてただろ」 痛いところを衝かれて、岬は息を飲んだ。若林のユニフォームの袖が地面のボールをホールドした時に少しめくれていて、手首を少し擦りむいた。練習が終わってすぐに、手当てを申し出た岬に、話すきっかけができた若林も喜んだが、よく考えればおかしなことだった。 「うん・・・そうだったね」
若林がボールを掴んだ瞬間、砂がざりざりと音を立てた。体を張って翼の攻撃を止めた若林に、賞賛の声が上がる中、若干顔をしかめた様子に気づいた。本当は心配で駆け寄りたかった。それでも、平気そうな様子にだまされたふりをした。
「ありがとうな。あ、今髪撫でてるぞ」 「ふふっ」 他愛のないごっこ遊びなのに、岬はなぜか嬉しかった。若林の声が悪戯をする時のように弾んでいるのが嬉しい。若林の声がたどるのは、いつもの彼の手がたどるのと同じ場所。それも嬉しい。そして、こんなことを思いついて、自分を励ましてくれる若林の気持ちが嬉しかった。 「髪の毛柔らかいな。気持ちいい」 「もっと触っていいよ」 「くしゃくしゃにしてもか?」 「・・・くしゃくしゃはちょっと」 「じゃあ、そっとな」 「うん」 若林の手は、いつもその大きさに見合わぬ優しさで触れる。そっと羽のように触れる手を思い出して、岬は枕に顔を寄せる。大きな手は暖かくて、安心をくれる。その手に包まれると守られている気がした。
「触り心地いいな」 「本当に?」 「それに良い匂いするぜ」 「・・・ばか」
ずっと苦痛に潤んでいた反動か、目が乾いていたらしい。閉じた瞼の奥で乾きは緩和され、ずっと楽になった。それよりも渇き、飢えていた心も、若林の声に満たされていく。早鐘のように胸の音がする。借り物の心臓であっても、やっぱり君に奪われる。
「ありがとう。随分落ち着いたみたい」 発信源も分からぬほど、体を苛む痛みを忘れることはできない。ただ、このひと時苦しみが和らいだのは確かだった。 「それなら良いが・・・もう良いのか?」 「うん。何とか眠れそうだし・・・」 薬も効いてきたらしい。少し口調が揺れて、眠気を感じさせる。岬は小さく欠伸をした後、独り言のように呟いた。 「それに、あんまりドキドキさせちゃダメだよ」 二人の時でも、たまにしか出さない甘い口調は、声の違いも気付かせないほど。普段なら、そんな可愛い言葉を口にしたら、許す訳がない。
静かな寝息を立て始めたのを確認して、若林は部屋を出た。歩き始めたところで、三杉と行き会う。 「岬くん大丈夫?」 「今寝かしつけた」 若林の嬉しそうな顔からするに、岬が苦しんでいないことは確かだった。本当に嬉しげな様子につられて、三杉はつい深入りしてしまった。 「何だか嬉しそうだね」 つい誘惑に負けて聞いてしまった三杉に、若林は口が耳まで裂けそうな程ニヤニヤしてみせた。 「岬がさ、あまりドキドキさせるなって・・・」 「若林くん、一体君何したんだ」 若林の笑い顔か台詞か、それともそれがもたらした想像か、三杉は驚いたように、見開いた目を瞬かせた。普段の岬でもなかなか見せない表情に、病気に配慮しない三杉は、案外表情が豊かなのかも知れない、と若林は思った。
(つづく)
拍手ありがとうございます。 書き始めて、何となく書きたくなったパートです。 岬くんが中身の三杉くん、とにかく美しい気がします。 三杉くんが中身の岬くん、怖いなあ。
連休なので、映画を観に行きました。ドラキュラの映画。 モデルとされる史実上の人物を題材にしたもので、昔その人物の小説を書こうかと思っていたこともあって、すごくはまりました。あくまで個人的な感想ですが、映像が美しいのと、主人公の人間性に踏み込んだストーリー、夫婦のラブラブっぷり、戦闘シーンの圧倒感と色々楽しめました。もう一回くらい観に行きたいものです。
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
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