※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。 嫌いな音は夜汽車の音。 引越しで町をまたぐ、その時の音は、別離と悲しさと寂しさを連れて来る。規則正しく、町から遠ざかる、嫌いな音。
どこに行っても、夜汽車の音が追ってくるような気がしていた。布団の中で、膝を抱え、通り過ぎるのを待った。 昼間は他の音や喧噪に紛れて、聞こえなくても、夜の電車の音は、いっそう響く。静かな部屋の中で、布団を被ってやり過ごした夜を思い出すと、今でも寂しい。
だから、独りで長距離列車に乗って、国を越えるなんて想像したこともなかった。 初めて独りで乗る列車で、僕は窓の外を見る余裕もなかった。若林くんに会ったら、何て言ったら良いんだろう?何て言ったらおかしくないかな?
僕の心配は杞憂に終わった。若林くんは笑顔で迎えてくれた。
「若林くんの家って、便利なところだね」 「ああ。見上さんが探してくれて」 思いの外うるさい、と若林くんは付け足した。確かに、若林くんの実家って、あれだから、普通の家じゃうるさいだろう。 「電車の音、する?」 「ああ。夜少し聞こえるな。でも、岬が乗って来てくれるかもって思ったら、これから好きになりそうだ」 ばかなこと、って僕は一笑に付したけど、胸がチクっとした。それはいつもの別れの予感ではない。何か、甘い暖かいものを僕の心に残った。
その夜、若林くんの家に初めて泊まった。確かに遠くから電車の音が聞こえていた。いつもは物悲しい警笛すら、優しい響きに聞こえた。 僕が、南葛のみんなのことを随分聞いたからか、若林くんの声がしている。 遠くに。
気がついたら、若林くんと僕は電車に乗っていた。 「岬、行くぞ」 「どこに?」 乗り慣れた、あの色々な臭いや物音の混じった車両ではなく、普通のテーブルと椅子しかない。車窓から見える風景も、何だかおかしい。 「日本に帰るぞ」 「ええっ!?」 若林くんの言葉に従って、電車は一旦バックし、それから切り替えられて、違うコースを走り始めた。 「帰りたいんだろ?」 僕の肩を抱いた若林くんが、前を指す。この光景は知っている。遠くに富士山が見える。 「父さんは?」 富士山を見て、ふと我に返った。いつかまた来よう、と父さんは言った。 「お前が置いて来たんじゃないのか?」 そして、気づく。若林くんに会いに来たのは、僕の初めての独り旅だった。父さんを置いて遠出したのは、あの大会から二度目。 若林くんはあの町の象徴的存在で、僕は本当はあの頃に戻りたかった。 「でも、父さんは捨てられないよ」 父さんには僕がいなければ、ダメだ。僕には他の場所があるけど、僕を置いて行こうとした時の父さんの表情は忘れられない。 「それで良いのか?」 「うん・・・」
目が覚めた。話しているうちに、寝ちゃったらしい。痛い目を擦ると、黙ってこっちを見ている人に気付いた。 「大丈夫だよ」 「嘘つけ」 不意に抱きしめられて、僕はもがく。昔から体格差はあったけど、成長の差も歴然だった。 そして、びっくりした。抱きしめられるのは、こんなに暖かいんだ。 「良いからこうしておけよ」 何となく、甘えるってこういうことのように思った。初めて訪ねた家で、若林くんは同い年だけど。心地好いと感じた。 「ありがとう」 そのまま、朝まで話した。電車の音も気にはならなかった。
「ごめんね、あんまり寝られなかったよね」 駅に向かう道で話す。 「楽しかったぜ。また来いよな」 若林くんは僕の頭を撫でる。髪の毛がぐしゃっと乱される。昨夜からやられっぱなしだ。 「うん、また来るよ」 僕は手を振って電車に乗る。
帰りの旅では、ずっと窓の外ばかり見ていた。 笑ってごまかしたけれど、醜態ばかり晒してしまった。 話している内に、目が潤んでくる僕に、若林くんは気付かないふりで前髪を乱す。 「もう、やめてよっ」 前髪を直すふりをして、顔を隠す。僕は涙もろい方でもないのに、忘れたはずの夢のせいで、不意に涙がこぼれそうになる。 それなのに、楽しかった。若林くんといると、一緒に過ごした南葛を思い出すのもあるのかも知れない、すごく安心できた。僕はとにかく笑った気がする。若林くんは泣いたり笑ったりしている僕を、優しく見守ってくれていた。 往路で景色が見えなかったのが嘘みたい。広がる緑に心が落ち着く。そして、ふと思う。
どうして、僕は若林くんに会いたいと思ったんだろう?
懐かしくて?寂しくて?
答えも出ないまま、電車の揺れに身を委ねる。またいつか、この列車に乗るような予感がした。
(おわり)
とても暗い話になりました。夜汽車の音を聞きながら書いたからかも知れません。最近の私感が反映されてしまったような。
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
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