昨日に引き続き、クレスリウム王国さまの独り言よりネタをお借りして。
「あ、ありがとうございます」 後ろから押され、車道に押し出された岬を、後ろに立っていた男が肩を掴んで、引き戻してくれた。 振り返って、礼を言った岬への返答はこうだった。 「カットモデル、頼めないかな?」
「ここだ」 助けられたのも何かの縁だと、ついてきた岬の眼前には、見るからに豪華な建物が広がっていた。 「ここって・・・」 世情に疎い画家の岬でも聞いたことのある美の殿堂、カリスマ美容師のいるサロンだ。 そういえば、と気付いて岬は自分を連れて来た男を振り返った。そういえば見覚えのある顔だと思っていたのだ。・・・何度かテレビで見たことのあるカリスマ美容師本人。そしてここ、若林源三のサロンゲンゾーといえば、一ヶ月前でも予約が取れないという噂の店だ。 それも無理はない、と岬は思った。男らしい顔に美容師とは思えない恵まれた体格で、テレビ映えのする為かマスコミの寵児となって久しい。カットではなく、彼目当てでサロンに足を運ぶ女性も多いと聞く。 「最近男性部門も始めたんだが、どうも人気がなくて。だからお願いしたい」 テレビや雑誌で見るよりは、ずっとオーラがある、と岬は思った。カリスマと言われるだけのことはあって、目を逸らすことすら難しい。
「おかげで、男性部門も随分認知度が上がった」 1ヶ月後に招待券を持って訪れた岬を出迎えたのは、若林自身だった。 「それなら良かった。良いきっかけになったのであれば」 若林のサロンの看板に大きく掲げられた岬の写真は話題になった。そのことで岬の身辺もにわかに騒がしくなったくらいだ。 「良かったら、これからはずっと、このサロンを利用してほしい」 若林の申し出もある意味当然で、岬は早速シャンプールームに通された。
若林は岬をシャンプー台に導く。台を倒し、若林は岬を見下ろした。 柔らかい髪を風になびかせ、微笑んで礼を言った岬を一目見た途端に、鮮やかなイメージが頭に浮かんだ。男性部門の拡充も嘘ではないが、きっかけに過ぎない。 「お湯は熱くないか?温くは?」 「大丈夫」 何度見ても、見飽きない顔だと若林は思う。整っているのに冷たい感じがしないのは、柔らかそうな肌の色合いと、ばら色に染まった頬と、まっすぐな瞳のせいだろう。初めて見つめられた時にはその輝きに魅せられ、岬が新進気鋭の画家だと知った時には、納得がいった。若林は岬の顔に視線を落としながらも、しなやかな髪を撫でるようにして湿らせ、指を通していく。 今までは理容店が主で、美容院に来たことなどなかった岬は、シャンプーの時にはたいていガーゼをかけられることも知らずにいた。ただ、じっと見つめてくる若林に目のやり場がなく、岬は目を閉じる。ゆっくりと頭皮をほぐされ、力のこもった指先でマッサージされるのは、思ったより気持ちが良かった。何よりも、大きな手で包まれるように洗われることに、安心してしまう。
若林がドライヤーで乾かすだけでも、さまになる。流れるようなスタイルを、更に一流のカットテクニックが、彩る。 「この前の時も、自分じゃないみたいでびっくりしたんだけど」 微笑む岬に、若林も目を細めた。あれから関心が湧いて、岬の作品を見た。風景画家で人物は描かなかった父親とは違い、岬の人物画は暖かみに溢れている。それでまたインスピレーションを刺激された。 「こちらこそ」 若林がシャンプー台に立つことも、ドライヤーで乾かすこともほとんどない。一人でも多くのカットができるよう、他のスタッフに割り振っている。しかし、岬だけは他のスタッフに任せたくなかった。休業日に呼び出したのはその為だった。 岬の髪が指の中で滑るように流れる。癖のない岬の髪が、光の下では風をはらみ、キラキラと輝くのが目に浮かぶようだった。若林はカットだけで、岬の輪郭を際立たせるようにした。 「やっぱりこの方が似合う」 鏡越しに見上げる岬に、若林は微笑む。自分のセンスで特別の相手を飾る喜び、など今まで知らなかった。 「あの・・・」 誇らしげに笑う若林に、岬が顔を上げた。 「今度は僕のモデルになってくれる?」 ずっと考えていたことだった。髪を切ることも、誰かをきれいにすることも芸術だと、そしてその信念を見せてくれた男に敬意を表し、その顔を描きたいと思った。 「勿論」 笑顔を向けた岬に、若林は笑い返した。そして、後ろから岬を抱きしめる。鏡を通して、お互いを見つめる視線が絡み合った。
(おわり)
拍手ありがとうございます。 そして、銀月星夢様いつもすみません。 今日は「若林くんがカリスマ美容師の役」という独り言をお借りしました。うまく書けたかどうか分かりませんが・・・。自分は楽しかったです。(いつもですね。ハイ) (少し直しました)
スポンサーサイト
テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
|