※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。 イソップ寓話のライオンとネズミの話です。 待ち合わせに少し遅れたかと、駅に慌てて飛び込んだ。岬はベンチに座って、静かに本を広げていた。熱中しているのを幸いに、そっと後ろに回りこんで、覗き込んだ。 「何読んでるんだ?」 「うわっ」 岬は驚いた様子で、慌てたが、すぐにこちらを振り返った。 「若林くん、驚かせないでよ」 咎める、まではいかない強気の表情で、岬は俺を見た。だが、睨み付けているはずのその目は笑っている。 「久しぶり」 言われるよりも早く抱きしめた。
「何するのさ、人前で」 「別に、久しぶりの再会なんだから、ハグぐらい構わないだろ?」 現にそんな連中などそこかしこにいる。だが、岬は恥ずかしいらしい。それが意味するところを知っているから、俺はそれ以上追及せずに、岬の手を引いた。 「さ、帰ろうぜ」
家に着いた途端、もう許さなかった。用意していたジュースを注ぐ間もなく、ぎゅっと抱きつく俺に、岬はおずおずと手をまわす。 「久しぶりだもんね」 そんな免罪符を口にしながら、岬は小さく微笑んだ。嫌なことははっきり言うくせに、こんな時には素直でないところも、岬らしいと思う。 「そうそう」 細い髪のやさしい手触りや甘い香りが胸に染みて、岬と一緒にいることを実感する。触れるだけで、心が穏やかになっていくのを感じる。 「岬、さっき何読んでた?」 「・・・イソップ童話」 バツが悪いのだろう、不意打ちで聞いたのに、やや口ごもりながら岬は答えた。待ち合わせの時に背後にまわったのは、ちょっとした悪戯心だった。だから、岬の肩越しに覗いた時に、ドイツ語が見えるとは思わなかった。ドイツ語の子供用らしい本を読んでいる岬に、またやられた。 「ドイツ語勉強してるのか?」 「・・・簡単な文くらいは読めるようにしたいもん」 俺の胸を撃ち抜いたことも、かえって恥ずかしそうに、岬は俺の胸に顔を埋めてしまった。その仕草にまた、心が締め付けられる。 「イソップ童話って面白いんだよ」 話をそらすように、岬は話し始めた。こうしてぴったりとくっついているのだから、お互いの動悸も体温の上昇も分かっているくせに、岬は続ける。 「へえ、そうなのか?」 岬が意地を張る理由は見当がついていた。岬の高いプライドは、頭では分かっていても、愛されることに納得がいっていないらしく、好きだと認めることが、まるで負けのように思っているようだ。 「うん。今読んでるのが、ライオンとねずみの話でね」 「どんな話?」 イソップ童話と一口に言われても、有名な話もそうでないものもある。ピンとこない俺をソファーに誘って、岬は本を開いて見せた。 「ライオンがねずみを捕まえるんだけどね、ねずみが役に立つからって助けてくれって頼むの。ライオンは役に立つもんかって言いながら逃がすんだよ」 「それで?」 「しばらくして、ライオンが猟師の罠にかかって、網から出られなくなって困っていると、そのねずみが来て、網を食い破ってライオンを助ける話。どんなに強いものでも、弱いものに助けられることがあるってお話なんだよ」 どんなに強いものでも、か。岬の話を聞いている内に、昔のことを思い出した。
南葛SCの地区予選決勝で足を更に痛めた俺を、翼と岬が見舞ってくれたことがあった。 「若林くん、心配しなくても、俺と岬くんで何とかするよ!!」 「ははっ、そんなに心配すんなって」 珍しい二人組の来訪に、空元気で笑った。元気に励ます翼に対して、岬は黙ってにこにこ笑っていたが、一旦帰ってから、すぐに引き返してきた。 「どうしたんだ、岬」 「忘れ物したから」 俺の部屋まで戻って来た岬は、俺を見上げて静かに言った。 「若林くん、無理に笑わなくて良いんだよ」 岬の声はいつも通りに優しいのに、その口調は大人びていて、ひどく胸に刺さった。 「君は強いし、何でもできるけど、もう少し自分に優しくしても良いよ」 くるり、と背を向けた岬は、グラウンドで見るよりもはるかに小さかった。でも、ぴんと背筋を伸ばし、空を見上げる姿勢には、心当たりがない訳ではなかった。 上を向けば、涙は落ちない。そんな歌の存在も知らずに、俺が自然に覚えたことだった。 岬の背中を見た時に、涙が出た。全国大会に出られない、ふがいない自分が本当に辛かったのに、そうわがままを言うのは、周囲を困らせることだと思っていた。我知らずに押し殺していた辛い気持ちを見破った岬は、本当に優しくて、辛いのだと、同時に気づいた。 「岬」 後ろから抱きついた俺に、岬は一瞬身をすくませた。 「その言葉、そのままお前に返してやる」
岬でなければ、気付かなかっただろう。俺でなければ、分からなかっただろう。 あの時から、俺にとって岬は特別になった。それは岬も同じだったらしい。 「若林くんに言われて初めて気付いたよ。それから、君が気になって仕方なかったんだよ」 俺が強くあろうとしていたのに対し、岬は自分を殺し、誰をも傷つけないようにと微笑んでいた。そんな時の岬の笑顔は、無数の傷跡が刻まれているように痛々しく思えた。
「あの時よりも弱くなったよ」 と岬は笑う。俺の前では無理に笑わなくなったし、わがままを言ったり、子供っぽい面を見せたりするようになった。相変わらずの意地っ張りだが、俺にだけでも弱音を吐くようになったのは、安心してくれている証拠だと思える。 「・・・俺も。でも、幸せだと感じるようになった」 自分が守る相手がいて、その相手に守られることは何て幸せなんだろうと思う。それこそ、ちっぽけなプライドと引き換えにするには、もったいないくらいの幸運だ。 「何しろ、岬がドイツ語を勉強してくれるくらいだから」 「・・・」 ごまかし切れなかったことを悟って、岬が赤面する。好きな相手がいて、その相手に好かれているのは、本当に幸せだ。小さなプライドなど問題ではない。 「岬、好きだぞ」 何度でも、何度でも言ってやる。俺の負けで良いさ。お前がそれで満足するなら。 本を閉じて、キスをしようとした俺を岬は見上げた。 「お助け下さい。こんな小さなねずみなんておいしくありません。助けて下さったら、きっとお役に立ちますから」 覚えたばかりのドイツ語で哀願されても、もちろん見逃す訳はない。そのまま甘い唇をいただいた。
(おわり)
拍手ありがとうございます。 昨日の記事がアップロードできていなかったので、ついでに。 やっとPCで編集できて、ほっとしております・・・。
from past log<2009.8.31>
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
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