※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意下さい。 「岬、大丈夫か?」 「若林くんこそ」 医務室に現れた若林に、岬はゆっくりと体を起こそうとした。助けてくれるだろう医師も、岬を搬送する段取りに出たまま戻って来ない。疲れている上に、塞がりかけた傷が開いた左脚は痛む。それでも、この試合に出られ、勝った喜びは岬の心を高揚させていた。岬は何とか体を起こすと、すぐ側まで近づいて来た若林を見上げた。 「俺はさっき治療してもらったからな」 包帯を巻かれた腕を見せる若林に、岬は安堵の笑みを浮かべる。 「それなら良かったよ。ひどい怪我みたいだったから」 出血のせいで、血の気が引いてみえる。穏やかに笑う岬からは、医師の反対を押し切って出場した意志の強さや頑固さは感じられない。それでも岬は戦い通し、全日本を勝利に導いた。その激しさは、普段は控えめに振舞う岬の中に確かに存在していると若林はよく知っている。そして、その激しさの分、岬が優しいことも。 「岬は人のことばかり心配するんだな」 「若林くんこそ、人のこと言えないだろ」 あの時も同じ会話をした。十年近く前、小学生時代、表彰が終わると同時に医務室に運ばれて、二人して治療を受けた。その時も二人で同じような会話をした。その時のことを相手も思い出したらしいと、互いに察して、二人は顔を見合わせて笑った。 「隣良いか?」 「どうぞ」 ベッドの隣の簡易椅子は、大柄で仕草も大きい若林にはあまりに不似合いで、岬は更に笑ってしまいそうになるのをこらえた。 「ウイニングランは良かったの?」 「少しは休ませてくれよ」 ついにこらえ切れず、吹き出した岬に、若林もひとしきり笑ってから、表情を引き締めた。 「岬、悪かったな」 「若林くんのせいじゃないよ」 自分さえゴールを奪われなければ、岬は延長戦に出ずに済んだ。頭を下げた若林に、岬は何度も首を振る。自分で選んだことだった。そして自分で決めた。最後のセンタリングの一瞬のために、辛いリハビリを耐えたのだとさえ思えた。 これを言うために、医務室に引き返して来た若林の気持ちに、岬も顔を引き締める。自分にも伝えたい思いはある。 「若林くん、いつも僕を信じてくれてありがとう」 小学生時代も、そして今回も、若林が必死でゴールを守ったことを岬はよく知っている。翼と自分に任せれば大丈夫だと、若林はいつも信頼してくれた。その強い信頼は、いつも岬に更に一歩踏み出す勇気をくれた。 「…当たり前だ。岬が頼りになるのを、俺が一番知っているんだぜ」 小学生時代、オーバーラップした若林をフォローしたり、負傷した若林のフォローでスイーパーをしたり、岬の広範囲におけるカバー力に、若林は何度も驚かされた。それは岬の強さであり、また優しさだった。 「…ありがとう」 もう一つ言うべきことはあった。岬が胸の中にしまっていた思いを口にする前に、口を開いたのは若林の方だった。 「岬」 鬼気迫る試合中の表情は、今の岬には残っていない。いつもの通り、昔の面影を残した中性的な顔に、柔らかい笑みを浮かべている。サッカーの代表選手には見えない細い肩は、大きな重荷を下ろして、寛いでいる。 「…あの時の答えを聞いて良いか?」 若林の言うあの時、がいつか岬はよく分かっていた。ワールドユース大会が始まる前、世界を旅する前にドイツに立ち寄った岬に、若林が投げかけた言葉がある。
「好きだ」
その想いには今は応えられない、と岬は答えた。 「若林くんには随分引き離されちゃったからね」 微笑みながらも、素直に心までは見せないのは、いつも通りの岬だった。僕も好きだよ、という甘い言葉の続きにしては、繋がらない言葉に、若林は岬の顔を覗き込んだ。 「そんな話じゃないだろ?」 「ううん。今は心が萎んでいるからね。…自分を、自信を回復した時に、改めて答えを返したいんだ」 そう笑った岬の顔に、恋は勝負なのだと若林は悟った。そして、岬にとっては勝負の時ではないことを。
ずっと、人一倍華奢な身体で、強い心で、翼と共に駆け抜ける岬の姿を、近くで見守って来た。いつも優しさに溢れたプレイは、その技術以上に若林の心に焼き付いた。岬の強い気持ちを形にしたような今日の戦いで、その想いはいっそう強くなった。 「…もう一度言う。お前が好きだ」 本来なら、終わったとはいえ、大事な試合の日に言うべきことではない。それでも、あの戦いに勝った岬ならば、自分との勝負にも、逃げずに応じてくれると思えた。 「…若林くん」 岬はまっすぐ顔を上げ、若林を見た。今なら、若林の心に逃げることなく、向き合えると思った。 岬の知る若林は本当に強い人間だ。それだけに、若林を助ける者はいない。肩を聳らせ、拳を握って、傷ついても前を向いて戦っている。そして、優しく笑う。一緒に戦い、遠くから戦う姿を見る中で、その強がりな背中を支えてあげたいという気持ちが生まれた。 「…ありがとう。僕もだよ」 それでも、自分の想いに戸惑う気持ちまでも振り切ることは難しい。自分で思っていたよりも、岬はごく小さい声になっていた。 「本当か?」 すぐには自分の耳が信じられず、聞き返そうと覗き込んだ若林が見たのは、青白かったのが嘘のように紅に染まった岬の頬だった。恥ずかしそうに頬を手で覆う岬を、若林はすぐさま抱きしめた。 「若林くん、苦しいよ…」 「すまん、力の加減が出来そうにない」 抱きしめると、その細さがはっきり分かる。こんな折れそうな身体でよく戦ったなという驚きの反面、細いがしなやかに筋肉がついた体に、胸は高鳴った。 「若林くん…」 一方、岬は更に動揺していた。想いを告げることに必死だったが、意識した途端に、若林がタオルだけ羽織った上半身裸で、その逞しい筋肉のまま自分を抱きしめていることに気付いた。意識するまいと思っても、試合の興奮を引きずったままの胸は、収まりそうにない。 「岬」 低くて通るが優しく響く声に囁きかけられて、岬はドキドキしながら、若林の胸に身を委ねた。
「…」 二人は知らなかった。医務室の入口から覗いている人物がいたことを。 「…岬くん…若林くん…」 翼は、自分のパートナーと親友が抱き合う姿が信じられず、何度も見直した。若林が岬のことを好きなのは知っていた。それでも、岬は自分のものだと翼はどこかで思っていた。あの心の底までキレイな岬が誰かのものになるとは思えなかった。だから、大丈夫だと思っていた。 「先生が戻って来るよ」 「じゃあ、戻って来るまで」 「…うん」 声を潜め、抱き合う二人の姿をこれ以上見たくはなかった。二人の間の強い信頼関係は、一緒にいた翼自身が一番よく知っている。翼は背を向けると、スタジアムの方へ歩き出した。
ウイニングランは終わっても、グラウンドの歓声は一向にやむ様子はない。その歓声の一部は、本来医務室の二人に向けられるべきもので、それを手放しても二人で抱き合う喜びには換えられないのだった。
(おわり)
拍手ありがとうございます。 以前みちんこ様からリクエストいただいていた「ワールドユース決勝戦の後に、カップルになる源岬と、諦める翼くん」という話です。途中まで書いたはずが見当たらなくなってしまっていたのですが、ワールドユース編読み返した勢いで書き直しました。これ、病院で二人きりになった途端に、完全に出来上がっちゃうのが目に見えているような。(下書きではもっとイチャイチャしていましたし)
ワールドユース編読み返しは辛かったですが、ついでに2002まで来ました。若林くんのかっこよさがもう!!前半は若林くんを満喫する漫画としては素晴らしいと思いました。なお後半は…。 最初の方で、若林くんが岬くんの研究所での話をするのですが、そのコマの岬くんが妙に可愛い。何だろう、これは…(困惑)。 あと、岬くんのJのチームでの先輩が今の監督さんなんですよね…。是非頑張ってほしいものです。
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
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