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今日のきみとぼく
源岬への愛だけで構成されております。
蝉しぐれ
※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。

 蝉の音は、雨のように降り注ぎ、町中を満たしている。

 日本を出るまで、この音に風情を感じることはなかった。場所や時期によって、鳴く蝉の種類は違うらしい。それを感じられない程、長く留まれなかった土地もある。

 この蒸し暑さと、蝉の音に包まれた空気に、日本の夏だと痛感する。
 日本だと意識すれば余計に、今は日本にいない人のことを思う。


「今年はやけに暑いよな」
SCの練習が休憩に入った途端、石崎くんが言った。額に流れる汗をタオルで拭ってはいるけれど、全然追いついていない。
「暑い暑いって言うからだろ」
対する井沢くんは涼しい顔だ。
「何だと、井沢!お前の髪の毛見てるだけで暑苦しいじゃねえか!!」
喧嘩を買うのではなく、たしなめられたことに石崎くんは不満そうに口を尖らせた。また始まった、と僕は笑い出しそうになるのを我慢して見ている。
「俺達は去年から走り込みしてるんだ!これくらいは軽いもんだぜ!」
横から来生くんが言い出し、石崎くんが湯気の出そうなまで茹だった顔で、更にフンガイする。その石崎くんから、翼くんが
「油断大敵だよ!!」
と言いながらボールを奪う。
 見てるだけで楽しい光景で、暑さだって忘れそう。すぐに通りすぎる土地だと思っても、好きになるのは抑えられない。そのまま陰から飛び出して、パスを受け取りに来たと思っている翼くんの死角を衝いて、ボールを盗む。そのボールをそのまま石崎くんにパスした。
「石崎くん、頑張って守って!ほら!!」
発破をかけるだけかけて、後ろに下がった。単なる休憩中の悪ふざけなのに、ふと見るとゴール前には若林くんが陣取っていた。
「ここにいないと翼がシュートしてくるからな」
「うん、僕もそう思う」
DFの位置まで下がって、グラウンドを眺める。いつまでここにいられるのか分からないけれど、ここの風はいつも懐かしい匂いがした。
「お前は走らないのか?」
「いきなりキーパーと一対一にするなんて、甘やかしすぎだと思うけど」
グラウンドの真ん中で、ボールを取り合う遊びは、ますます参加人数が増えていた。確かに、暑いって言っちゃうと暑いもんね。
「岬もなかなかやるな」
「そうかな?」
待ち伏せするなら効果のあるところで。全体を見渡さないと、次の展開は見えない。たったそれだけのことなんだけど。
「来たぞ、翼が」
「うん!」
翼くんにシュートを撃たせない。シュートのコースを狭めて単調にする。口に出さなくても、伝わっているのは分かっていた。

 冷めたふりをしながらも、どこかこの景色に馴染めずにいる自分に気付いていた。この光景に溶け込めないのが悔しかった。そんな時、まるで共犯者のように、若林くんはいた。外側から見る僕の宝物はキラキラして、そこに帰ればいつもあるもののように思えた。

 若林くんとは引っ越しの前の日にも偶然出会った。最後にこの町を一番高いところから見たくて、上った高台だった。
「来てたのか?」
「うん。どうしても見ておきたくて」
たったそれだけでも通じた。若林くんは見渡す僕の横に静かに立っていた。
「気が済んだか?」
しばらくしてから、若林くんが尋ねて来た。目に焼き付けた自信はあったけれど、この込み上げる懐かしさまでは残せない。みんなとの日々は、大事すぎる宝物として、開けることさえできなくなる。
「蝉の音は土地によって違うらしいぞ。種類や数や地形も違うしな。・・・もしどこかで蝉の音を聞いたら、俺達のことを思い出してくれよ」
話の途中から、これがお別れの挨拶であることが分かった。若林くんとは、転校初日に会った。それから、どこかでこんな物思いを分かってくれているように思えてならなかった。
「うん、思い出すよ」
いつか、ここに戻って来ることがあるんだろう。ずっと感じていた懐かしさはその証。そして、若林くんともまたいつか会う、そんな予感があった。


 蝉の音の中を通り抜け、また思い出す。すべての始まりのあの夏。そして前に蝉の音を聞いたことを。若林くんはこの町にはもういないけれど、何故かまだずっと見守ってくれている、そんな気がした。

(おわり)

拍手ありがとうございます。
「せ」でいくつか思いついたのですが、とても発表できそうになかったので、穏当なものになりました。「セバスチャン」とか「戦隊」とか「世界レベル」・・・何を書く気だったのか・・・。
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック


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