※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。 「岬さんの恋人ってどんな人っすか?」 葵の言葉に周囲が固まる。確かに、岬には恋人がいるというのは、皆の共有する認識である。その一方で何となくそれに触れないことにはなっていた。 「どうしたの?急にそんなこと」 当の岬は涼しい表情で聞き返す。清潔を体言したような容貌の岬だけにその清しい笑顔は周囲を凍りつかせた。 清らかな岬に下世話な話などしようものなら、軽蔑されるかも知れない。そんな不安に沈黙を強いられる。 「だって気になるじゃないですかー」 気になるのは他の者も同じである。ただ聞く蛮勇はないだけで。 「そう?」 動じる様子もなく、にこにこと微笑む岬に、まあ小動物だからな、と周囲が納得する。 一人っ子である岬は人の面倒を見るのが嫌いではない。後輩達には練習以外では優しいため、かなり慕われている。個性の強い先輩が多い中、穏やかな先輩は得難いものである。そのため、小柄な後輩達が数人くっついていることがあった。 「どうした、岬。今日は小動物ばっかりだな」 「普段から動物連れているみたいに言うのやめてよ」 意味深にからかった若島津の言葉から、皆が後輩達の群れを小動物と呼ぶようになったのだが・・・葵もその小動物として数えられている。 「わざわざ話すほどのこともないし。それより、葵はこのチーム来てどう?」 岬は笑顔のままで、しらっと話を変えた。周囲は不可侵としていることも、葵は気にする様子もない。 「だって、気になるじゃないですか」 「そうかな?」 岬は優しく微笑むと、タオルで汗を拭いた。 「さ、休憩終わり。少し走ってからパス練行くよ」 「ええっまだ何にも話してくれてないですよぅ」 不満そうな葵の様子を気にすることもなく、岬は伸ばした足を屈伸し始めた。 「おや仲が良いな」 突然、上から降って来た声に、葵は顔を上げ、岬は顔を伏せて応じた。 「あ、若林さん」 会釈をする葵に、若林も小さく頷く。 「葵、あんまり岬を困らせるなよ」 「何言ってるんですか」 心外そうにふくれる葵に、若林は笑い声を上げて、立ち去る。汗を拭いたらしく、グローブを付け直しながら去る後ろ姿を見送り、葵はふと呟いた。 「キーパーって何かイイですよね」 顔に出したつもりはなかった。視線すら合わせることはなかった。それなのに。葵の言葉の真意を計りかねて、岬は戸惑った。まるで自分の気持ちを見透かされたようだと、胸を押さえる。
若林と付き合っていることを、岬は誰にも話したことはない。中学生の頃からの付き合いだからそれなりに古いし、三杉や若島津のように薄々気付いている様子の者もいる。それでも、すぐに悟られることはないと思っていた。
「そう?」 岬は何事もなかったかのように微笑んでみせた。ある意味ポーカーフェイスの微笑みは真意を悟られにくい。それでも葵は全く気にする様子もなく、岬に従って体を解し、走る体勢になっている。 「何か大人って感じですよね」 「それは個人差があると思うよ」 どうやら一般論に過ぎないらしい。岬が安堵してピッチを上げようとしたところで、葵が言う。 「キーパーってカッコイイっスよね」 そんな同意を求められても。岬は黙って予定通りピッチを上げる。葵がついて来ているのを横目で確認し、そのまま次の一周で更にピッチを上げた。
動揺する程のことではないと頭は分かっている。それでも、高ぶった感情が冷めてくれない。
「・・・岬さん、足速いっスね」 俊足でスタミナのある葵には珍しく、はあはあと息を乱し、言う。 「僕のペースで動いたから、葵は合わせるのに疲れただけだよ。さ、パス練行くよ」 あの話をされるのが怖いだけだと岬は分かっている。葵の言葉がどう続くのか予想がつかないだけに怖かった。岬は白い額ににじんだ汗が、冷たいもののように感じて、ぞっとした。
「実は俺、好きな人がいて」 その後、休憩中に続けた葵に、岬は息を飲んだ。何を言われても驚かないように、と覚悟して、必要以上に動揺している自分に気付く。視界の端に見えるゴールに、つい視線が向く。 素直な葵は、徐々にチームに馴染んでいっている。中でも若林は珍しく後輩を可愛がっているように見えた。 わざわざキーパーが良いと告げた葵の真意が読み取れず、黙っている岬に、葵は続けた。 「イタリアのチームの仲間なんスけどね、すごくカッコイイんスよ。キーパーの人達見てると思い出しちゃいますよね」 「なあんだ」とも「よかった」とも言えず、岬は「そっか・・・」と相槌を打った。 胸の中の秘密が甘いほど、人に知られてはいけないと分かっている。岬は笑顔を貼り付けたまま、葵の話に耳を傾ける。 「このチームって、恋人いる人ってあんまりいないっすよね。いても話聞きにくそうですし」 「そうかもね。僕もいないし」 さりげなく言った岬だったが、葵の反応はまたしても予想とは違っていた。 「何言ってるんすか。岬さんは幸せオーラ出てますよ」 小柄な後輩にいきなり背中をばんっと叩かれ、岬は面食らった。今まで言われたことのない台詞だ。 「あのね葵・・・」 さりげなく、を心がけても顔が赤くなるのが分かった。意識すればするほど激しくなる鼓動に、岬はわざとらしいと自分で心得ながらも弁解しようとした。 「葵、今度は岬をいじめてるのか?」 背後から聞き慣れた声が近付いて来たのを知り、岬は思わず身を固くする。今だけは、今の今だけは近付いたらダメだと視線を送っても、多分気が付かない恋人のおおらかさが、今は憎い。だから、自分が守るしかない。 「ううん。何でもないよ」 自然と声が出た。さっきまでの動揺が嘘のように、岬は静かな笑みを浮かべて、葵を見返した。そんな秘密の存在すら感じさせない笑顔だった。
「本当のところ、どうなんですか?」 「何もないよ。本当に」 小動物のようにまとわりつく葵に、岬はいつものようにそっけなく答えた。普段は優しい模範のような先輩が、このことについてだけは答える気がないと分かった葵も、その内他の者のように質問を控えるようになった。岬の秘密の一端に触れていたことに気付くこともなく。
(おわり)
拍手ありがとうございます。 葵くんの出て来るこの話は新田くんの「大嘘つき」より前に書き始めたのですが・・・やっと書き終わりました。 小動物を連れている岬くん、若島津くんが分かっていてからかっている辺り、書いていて楽しかったです。 うろうろ岬くんの様子を見に来て、視線を送られた若林くんは、きっと勘違いして喜んでいそうです。 ・・・キーパーズ大人なのか!?
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
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