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今日のきみとぼく
源岬への愛だけで構成されております。
うたかた
※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。
特に今日は雰囲気話です。

 若林は時々独り言を呟く時がある。ひどく懐かしい響きに聞こえるが、誰ひとり聞き取れた者はいない。
 虚空に向けられる眼差しは何故かとても優しく、慈しみに溢れている。その一端でも誰かに向けたなら、その相手を幸せな気持ちにさせるような眼差しは、誰にも向けられることはない。

「ただいま」
若林は、壁のスイッチに指をかけると、部屋の電灯を点けた。明るくなった部屋には、大きなソファーが置かれ、クッションが二つ並べられている。若林は左側に腰を下ろすと、右側の背もたれに手を伸ばした。使って来た時間の長さを示すように、それなりに痛んだ左側とは異なり、右側はクッションの色は褪せてはいるものの、まだ使われたことがないように見える。そして、ソファーの横に置かれた小さなサイドテーブルには、一見して高価と分かるような瀟洒なカフェオレボウルが置かれている。

「ああ、大丈夫だ」
若林は小さく頷くと、顔を右側に向けた。普段の彼が決して見せない寛いだ様子である。
「なあ、こっち来いよ」
手招きをしてから、若林は引き寄せるような動作をした。その動きでソファーがギシッと音を立てる。
「一緒にいる時位、良いだろ?」
感情を抑えながらも、寂しさと切なさをにじませるような声で、若林は切々と訴える。
「ん?重くなんかないぞ」
優しい声で囁き、ゆっくりと表情を緩める若林は幸せそうに見えた。
「なあ、岬」
岬、という名前を他の誰も知らない。

「若林くん、僕のこと見えるの!?」
グラウンドの片隅に旧知の顔を見かけ、声をかけた。そんな若林の認識よりも更に驚いたように声を上げる岬に、若林はよく見えるように大きく頷いた。岬に問われるまでもなく、岬という名を他の誰も知らないことを、不思議だと思っていた。
「もちろんだ。俺が岬のことを忘れる訳がない」
一緒にいた時間は短い。二人でいたことなどほとんどない。それでも、岬の存在は若林の心に沁みた。ほんの数語交わした言葉や、ほんの少し絡んだ視線さえ忘れられない程に。
「そう・・。ありがとう」
静かに佇む姿を見なければ、自分の作り上げた幻だと思っていたかも知れない。会話は成り立っていても、か細い声や繊細な容貌も相俟って、今にも消えそうに儚く見える岬。
「僕はこの世の摂理に反したから、消されたらしいんだよ」
そう言って、困ったように微笑んだ岬に、若林は咄嗟に飛び付き、そして抱き締めることができると気付いた。

 それから、岬は若林の家にいる。
「どうして君にしか見えないのかな?」
岬は小さく首を傾げる。その岬はシャツに半ズボン姿で、若林の膝に座っている。その位置にいるのは若林が譲らなかったためである。
「俺が望んだからかもな」
若林は不安そうな岬の頭を撫でた。若林が調査した結果、この世界には岬の父親はいない。若林は岬の母親のことをよく知らず、やはり捜すことはできなかった。若林はその結果を岬に伝えなかったが、岬はそれを察してか時々試合を見に来たりする以外は、若林の家を離れないでいる。
「・・・っもう、すぐそんなこと言うんだから」
恥ずかしそうに笑う岬を抱き寄せて、若林は思う。
 岬を独り占めしたいと願ったことは確かにあった。ひらひらと手に舞い降りながらも、手の熱で溶けて消える雪のように、手に入らないもののように思っていた。
 今、岬は隣に座っていた。最初の頃の所在なげな表情は影を潜め、寛ぐ様子まで見せるようになった。
 もし、岬のことを誰も覚えていないなどということがなければ、岬が隣にいることはなかったかも知れない。
「まあ、俺は岬がいてくれれば、それで良いんだけどな」
柔らかい髪の感触も分かる。キスも、それ以上のことも、サッカーさえも若林としかできないことに、岬が異を唱えることはない。むしろ、若林の存在を喜び、側にいる。
「お前は?・・・俺で良いのか?」
「最初に会いに来たのは僕の方だったよね?」
本当は違うことを問いたいと思っていても、岬がそれを言い出すことはない。抱き寄せられる度に、縋り付く自分を浅ましいと思いながら、岬はそこに居る。
「ねえ、若林くん。ありがとう」
「どうしたんだ、急に」
自分からくっついてくることなど滅多にない岬からの抱擁に、若林は一瞬不思議な表情を浮かべ、それから嬉しそうに目を閉じた。

(終わり)

拍手ありがとうございます。
何も考えずに書いたら、こんな話になりました。何だこれ。
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック


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