※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。 一方、若林会長は車に戻っても、なお激昂が収まらない様子だった。 「源三、さっきのは何だ」 「・・・警察から目をつけられているらしい、って報告しただろ?あんなに正面切って来るとは思ってもみなかったけどな」 冷静な息子の声に、父親は息子の横顔を窺った。 今回トラブルがあって、今まで裏の仕事を頼んできた見上が造反した。見上が岬一郎の死体を目につくように廃棄しなければ、こんな面倒にはならなかった。急きょ見上を始末し、頼れるのは身内だけだと、海外での事業に出していた末の息子を呼び戻した。北詰や片桐までが裏切った以上、頼りになるのはこの息子だけだ。 「何故あの絵をあんなところに飾ったんだ?」 「あの絵を飾っておけば、うちは何も知らないと言い張れると思ったんだが。親父があんなことを言い出すとは思わなかったぜ」 苦笑してみせる頼もしい息子に、父親は何故か一抹の疑念を抱いた。それが何かは分からなかったが。
「あいつ、あの若林会長が犯人ですよ!」 身振り手振りで興奮が見て取れる松山の言葉に、三杉はPCを開けながら、先を促す。 「ギャラリーで3枚目の絵を持っていると言っていたんです!」 「50点。松山くん、それはどういう状況なんだい」 やり直し要求に、冷や水を浴びせられたような気分になって、松山は落ち着いた様子で再度手帳を開く。 「今日、岬とギャラリー修哲で待ち合わせていたところ、SGGK社の若林会長とその息子が来まして、ギャラリーの店員を叱り、会長がこんな絵は家にもある、と言ったんです」 「富士山の絵は珍しくないからね」 「でも、こんな絵を飾るなって怒鳴りつけていましたからね。尋常じゃないですよ」 「おや?SGGK社とギャラリー修哲は関係があるのかい?」 「息子の方がオーナーらしいですよ。代替わりしたとかで」 「じゃあ、君の推測はおかしくないかい?SGGK社の会長が仮に岬一郎殺害の犯人だとすると、他の二人はわざわざ共犯者に絵を送ったことになる。会長の怒りを買うのは最初から分かりそうなものだけど」 三杉のPC画面は、捜査資料の他にインターネットの画面を表示していた。若林会長の写真や業績と報告を照らして、推論を立てていく。予断は禁物でも、今は少しでも多くの情報が必要だ。 「あれ?おかしいですね?知らなかったのかも」 首を傾げた松山に、君じゃあるまいし、とひとりごちて、三杉はPC画面上に相関図を描く。 「そう言えば、ギャラリー修哲のキュレーターは今回異常に協力的だったよね。北詰の指紋のついた宅配伝票を置いておいてくれていたし、片桐の件については、すぐに申し出てくれた」 「井沢は、岬一郎の死を悼んでいましたからね」 同じ長髪でも、交通課のとは違う。2枚の絵も目立つ場所に飾ってくれている。 「じゃあ、何故絵を提出しないんだい?こっちが証拠押収しないからって飾ったままだし。それと…」 三杉は相関図の井沢の写真に「キュレーター」と書きこんでから手を止めた。 「そのキュレーターは、岬太郎と何か話していたかい?」 「いいえ、別に」 松山が首を傾げる。修哲を出る時も、井沢は松山には話しかけたが、岬には素っ気なく「ありがとうございました」と挨拶しただけだった。 「おかしくないかい?岬一郎の死を悼むなら、ニュース位見ていると思うよ?岬太郎を知らないのはおかしくないかい」 矢継ぎ早に質問を浴びせられて、松山が疑問を挟む余地はない。事情を知った上で配慮している態度には見えなかった。 「じゃあ、わざと知らないふりをしているってことですか?」 「そんなところじゃないかな。案外前からの知り合いかも知れないね」
三杉の推測が正しいことは、少し調べるだけで証明された。画家とキュレーターは専攻こそ違うが、同じ芸大の出身だった。同じ学年であるだけでお互い知らないということも考えられるものの、当時の友人から、二人が親しくしていたとの証言を得られた。 「絵を受け取るキュレーターが岬太郎の友人ということは、被害者からギャラリー修哲に絵を送らせるのも不自然じゃないってことだね」 同じ笑顔でも、岬の微笑みとは違い、何とまがまがしいのか。三杉の笑顔に対する松山の第一印象はそれだった。そして、その印象は変わっていない。 「でも、井沢はオーナーには忠実に見えましたし」 会長に対する態度と比べれば、オーナーに対する忠誠心は分かりやすかった。 「そこは何とでもできそうだよ。1億の絵と言われたら、オーナーだって喜ぶだろうし」 三杉はそう言うと、PC画面から目を上げた。 「そうなると、北詰や片桐の事件は、岬側にも可能性が出てきたということだね。若林側もまだ疑いが晴れる段階ではないし」 三杉はそこで言葉を切り、卓上電話の受話機を手に取った。内線らしい電話をかけ、すぐ来るように、と話してから、松山を見上げてみせる。 「松山くんは、若林会長を見張ってほしい」 「じゃあ、岬は…」 「君は岬太郎とは親しいからね。岬太郎は別の人に頼むよ」 ガチャ、と刑事課のドアを開けたのは、長身の二人だった。同期で今は交通課に配属になっている日向と若島津の顔を認め、松山はげっ、と呻いた。確かにこの二人なら、インフルエンザが流行しようが、槍が降ろうが、平気に違いない。 「応援を頼んだ二人だよ。松山くんは確か同期だったね」 「…はい」 声は小さくならざるを得ない。三杉が笑っているようにも見えるのにも腹が立つ。 それでも、この一年間三杉に鍛えられてしまった松山としては、三杉の肚を勘ぐらざるを得ない。好き嫌いはあっても、態度はえらそうでも、日向と若島津はこの署きっての強者だ。岬を見張るだけでなく、若林側からの動きにも対応する必要があるということか。殺人の罪の隠蔽に、1億の価値の絵となれば、岬が狙われても不思議ではない。 「よろしくな、センパイ」 「頼んだぜ、センパイ」 だが、松山の考えも、二人ののんきな声に中断され、松山はセンパイ、の言い方が気に食わなくて、むくれた。
「岬が姿を消した、ですって?」 通行人が残らず振り返るような素っ頓狂な声を上げてから、松山は慌てて声を潜めた。三杉からの電話では、日向と若島津が岬太郎の自宅に向かったところ、岬は不在で、そのまま帰って来ないという。親子で借りていたアトリエも既に解約されていた。更に、三杉がこっそりつけていた尾行までまかれている始末だ。 「その疑いがあるだけだよ、今は。松山くん、携帯電話で呼んでくれないか」 「分かりました。一旦切りますよ」 軽く応じて、松山は三杉からの電話を切った。自分の意志か、または。不吉な想像が胸をよぎる。岬の細腕では、若林のボディーガード達の前にひとたまりもないだろう。マークし始めた会長の周囲を、屈強なボディーガードが守っている。岬が何か企てていたとしても、それを突破するのは難しいだろう。 「無事でいろよ」 数度コールして、電話は「おかけになった電話番号は電源が入っていないか、電波の届かないところにあってかかりません」という電子音声が流れた。それを確認してから、松山は祈る思いで三杉に折り返し電話をかけつつ、ギャラリー修哲に向かった。
井沢は、岬の行方は知らないと話した。更に追及しようとする松山に、静かな顔で反論する。 「確かに、俺は岬とは友達です。ですが、岬先生の未発表の絵のことは知りませんでしたし、北詰さんから送られてきて驚いたぐらいです。その時にオーナーには相談しましたよ。飾っておけば良い、と指示をされたので、飾りました」 その言葉にはおそらく嘘はない、と松山は感じた。とはいえ、岬と親しいことを隠し通していた井沢である。全面的には信じられない。空いた時間に三杉警視の事情聴取に応じてほしいと伝え、ギャラリーを後にした。 それから、松山は若林邸の前での張り込みに戻った。もし、若林側からの動きで岬が行方をくらましたのなら、こちらには何か変化があるはずである。だが、松山の見たところ、その可能性も低そうだった。 「おい」 目の前を通りがかった旧知の顔に気付き、松山は声をかけた。若林源三は振り返り、それから松山の姿を認めて、足を止めた。 「誰かと思ったら…あの刑事か」 険のある口調を予想していただけに、穏やかな様子に松山は一瞬虚をつかれた。 「ああ、そうだ。それより、お前はどこまで知っているんだ?」 岬一郎が殺害された時期には、この息子は仕事で海外にいたことが分かっている。だが、岬一郎の絵の事情を理解しているのは明らかだった。 「俺の父親が人殺しってことなら、小学生の頃から知っているが」 「犯人隠避罪っていうのもあるんだぞ?」 「親族は適用外じゃなかったか?お前、昇級試験勉強は大事だぞ」 にやり、と笑顔を見せた若林源三に、松山は黙り込んだ。人目を引く逞しい肉体と、目鼻立ちのはっきりした顔から受ける印象よりも、頭が切れるらしい。もっとも、悪党の悪知恵、の可能性もあると松山は考えた。 「で、今回もお前の親父の仕業かよ」 「黙秘権を行使させてもらう」 皮肉めいた笑みを見せる相手に苛立ちながらも、松山は安堵する。この相手が父親の犯罪を是とはしていないこと、また理性的であることが分かったからだ。 「じゃあ、質問を変える。ギャラリーで岬一郎の絵が飾られていたのはお前の指示らしいな」 「ああ。証拠として押収されるまでは、うちが預かっている品だからな。オープンにした方が、安全だろ?おかげで客も増えた」 合理的な回答には一分の隙もない。 「遺族が苦情を言ってくるとは思わなかったのか?」 「あんたも知っている通り、うちの井沢は息子さんとは友人だ。返してくれと言われたら渡すが、今のところそんな話は聞いていない」 「そうだろうな。うちのボスは、岬にも疑いをかけている。確かに岬が犯人だったら、証拠をわざわざ飾ってくれているあんたのギャラリーを放っておくだろうしな」 心にもないことを平然と口にして、松山はゆさぶりをかけた。だが、それも予想済だったのか、若林は一歩近づくと松山を見下ろした。 「刑事課…というと、三杉警視か。確かにあいつなら言いそうだ」 「三杉警視を知っているのか?」 敵意とも取れる口調と言い種で知れる。三杉はそういう人間である。 「ああ、一応な。なるほど、親父はあいつに睨まれているのか」 愉快そうに笑う若林に、松山は煙に巻かれた気分になる。直接手を下したわけではなくても、犯罪者をかばっている可能性のある相手と和やかに話している場合ではない。頭をよぎったのは岬のことだった。 「そういえば、何か変わったことはないか?」 「いや、別に。特にはないが…」 今までの明快さが嘘のように、言葉を濁した若林に、松山は違和感を覚えた。
「急」へ
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
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