※女性向け二次創作です。苦手な方はご注意ください。 「ごめんね。ピエールと約束があって」 岬は申し訳なさそうな口ぶりの割には、光り輝くような笑顔で言う。それも当然だ。ピエールの家の歴代コレクション(非公開)を見せてもらうらしい。確かに約束はしていなかったが、驚く顔が見たくて突然訪問しただけに、ガッカリした。 「そうか・・・それは残念だな」 芸術家の息子らしく、美術を愛する岬は、その方面でも造詣も深い。一方、ピエールの家は代々日本趣味でかなり収集しているらしい。その秘蔵コレクションと聞いたら、岬は興味津々に違いない。
俺に言わせると、警戒心がなさ過ぎる。
岬は本当に可愛い。華奢な肢体や愛らしい顔だけでなく、性格も優しいし、人懐っこい。いつも笑顔を絶やさず、誰からも好かれる岬。・・・俺だって例外ではない。昔から可愛いとは思っていたが、三年ぶりに再会してからは、どうもそれだけではないことに気付いた。つい目は岬を追い、その笑顔や眼差しに一喜一憂する。 その引力は俺だけに作用するものではない。特にピエールは岬と一緒にいる時に何度か会ったが、妙にこちらを警戒している様子だった。
そんな奴のところにノコノコ行くなよ。そう思っても、俺は言える立場にない。
俺の様子に気付いたのか、岬はふと考え込み、それから思いついたように顔を上げた。 「じゃあ、一緒に行こうよ。日本趣味のものだから、僕に見せたいって言ってたし。日本人が増えるなら良いんじゃない?」 いや、奴はお前の喜ぶ顔が見たいだけだと思うぞ。心の中で呟き、俺は少しだけ同情した。岬の提案は、往々にして決定事項なのだ。
数分後、岬はピエール説得をまんまと成功させ、俺の同行は決定した。 「じゃあ、一緒に行こうよ」 ピエールに同情しつつも、岬を一人行かせるのは更に気がひけた。
「若林くん、これ綺麗だね!螺鈿細工だよ」 「蒔絵も良いな」 苦虫を噛み潰したような顔で、ピエールがついて来る。岬も時々は解説しているようだが、まず感嘆し同意を求めるのは俺で、それから時々思い出したようにピエールを見る。いつもよりその順番がハッキリしているのは、ピエールの家の19世紀からの日本趣味コレクションがあまりに素晴らしいせいである。感嘆はしても、人にサービスまでする余裕がなくなるのは仕方がない。恨むなら、眼力と財力のある先祖にしてくれ。 「この広重!江戸名所があるよ!」 「ああ・・・」 広.重・・・あるところにはあるんだな。感心しているところに、頬を上気させた岬が、興奮の余り手をギュッと握ってきた。おかげで、深みのある藍の色合いすら、印象が薄れてしまった。振りほどくのもおかしくて、そのままにする。気にかけると意識してしまいそうで、できるだけ岬を見ないようにする。 その次に置かれていたのは誰の作品かわかりにくいが、道行だった。駆け落ちの男女は手を堅く繋ぎ、二人で逃れる意志の強さがはっきりと伝わる。・・・同じように手を繋いではいても、俺達とは違う。 「あっごめんね。僕ちょっと夢中になってて」 道行の絵を見たせいか、岬が繋いだ手にした気付いたらしく、慌てて離した。 「俺は別に気にしないぞ。むしろ大歓迎だ。・・・手に手を取って、な」 「そうかな?邪魔になるんじゃないかと思うよ」 肩越しに囁いた言葉すら、なかったことのようにかわして、岬はさっさと歩き出す。余裕でかわされたことは伝わったのか、日本語が分からないはずのピエールがニヤニヤと笑っているのが目についた。
一連の展示が切れ、廊下に繋がる通路に、それはあった。 細長い布の白を切り裂くように伸びる線・・・上る朝日のように、八方に広がる鮮やかな赤。 「これは?」 隣に書いてある文章はフランス語らしく、俺には読めない。それで岬に尋ねようと目を向けると、岬は目を大きく見開いていた。 「僕のハチマキだと思う。・・・フランスJr.ユースに挑んだ時の。ピエールにあげた・・・気がする」 白い頬を紅潮させ、岬は拳を握り締めている。Jr.ユース大会で全日本に参加する前に、岬がフランスチームに挑んだのは聞いていた。 「これを身につけた岬は素晴らしかった。滑らかな真珠の肌に、柔らかい絹の髪が纏わり付く。風を切って走るその額を飾るのはこの鮮やかな布だった」 とでも言っているのだろう、ピエールの講釈もそこそこに、俺は困惑顔の岬の肩に手を置いた。
このコレクションの最後に狙われているのが岬自身なのは明らかだった。 麗々しく飾られたハチマキに、岬が困ったように眉を寄せたのも、奴の目には入ってないだろう。
「岬、気合い入ってたんだな」 「自分でもあれはどうかと思うよ」 苦笑しながらも、岬の表情が少し引き締まる。このハチマキを締めて、フランスJr.ユースに立ち向かったことを懐かしむとともに、胸の中に燃える炎が少し勢いを強めた証。 ブランクがあったことも知っていた。それで踏み切れずにいたことも。それを自分自身で断ち切って、岬は全日本に参加した。 「・・・お前は昔からすごいよ」 驚いたように顔を跳ね上げる岬の髪を撫でた。しなやかで柔らかい髪は、梳く指をすり抜けて、さらさらと流れる。この頭をあのハチマキが彩った姿を、見てみたかった。 「そんな日本の宝はピエールにはやれないな」 岬の手を取る。白くて細い手首は、簡単に折れそうだが、簡単には掴ませてももらえない。するりとかわされて、逃げられて、雲を掴むようなもの。 「わ、若林くん」 先に目を逸らしたのは岬の方だった。いつもはどんなに口説いてもすり抜ける岬らしくない。おそらくピエールと俺、二人の様子から伝わるものがあったらしい。こんなに意識されるのは、初めてだ。勢いではあったが、渡さないと言ったもんな、俺。 「岬、帰るぞ」 強引に手を引き、手繰り寄せる。岬は俺を見詰め、それから引っ張っていた手がふっと軽くなった。同じ速さで歩き出した岬に、俺の足も速まる。 「・・・まるで道行だね」 岬の呟きに、同じことを思っていたと知る。思わず顔を見合わせ、逃げ出すことを楽しむように駆け出した。
いくら日本趣味といっても、ピエールは理解してくれないだろう。後ろを振り返ると、ピエールはこちらを見つめ、ゆっくりと口を開いた。岬に向かって何かべらべらと言っていたが、幸か不幸か俺には分からない。ただその顔は笑顔であったし、返す岬も嬉しそうな声を出していた。 「どうした?」 「良い道行だってさ」 岬が繋いだ手を振る。この笑顔で振り返られたら、確かに見送るしかないだろう。 「じゃあ、離さないからな」 少し汗ばんだように思う手を、もう一度握り直した。
(おわり)
拍手ありがとうございます。 何だか忙しいです。仕事もそれ以外も忙しくて、書きかけを量産する日々。 考えをまとめるには集中力がいるんだな、と改めて。 ピエールとハチマキの話が書きたかったはずが、どうしてこうなった。
以下、拍手お礼。 くるみ様、いつも応援ありがとうございます。 「公園にて」は実は「春の予感」の過去話として書いたのですが、繋がらなかったので、別の話にしてしまった結果です。おそらく、雰囲気は似ているはずです。 小学生の淡い話は好きなのですが、なかなか思ったようには書けないので、気に入っていただけて嬉しいです。 アホな源岬話の数は世界一だと思いますので、これからも記録更新し続けます!という宣言自体がアホですねえ。
拍手のみの方もありがとうございます。励みになります。
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テーマ:キャプテン翼 - ジャンル:アニメ・コミック
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